漫才のマイク

気持ち

M-1で「笑いの審査」について考える

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審査員の上沼恵美子さんに芸人が暴言をはいた話が話題になりました。

BuzzFeedのニュース記事へのリンク

それについて思うところがあったので、まとめます。

 

 

 

何が目的

M-1は、何が目的なのでしょうか?

誰の漫才が一番面白いかを決めることか、誰の漫才の技術が一番すごいかを決めることが思い当たります。

たぶん、漫才の技術を競うことのほうが目的のように感じます。
だから、審査は漫才の技術について詳しい審査員がすることになっているのでしょう。

ただ、漫才は何のためにするかというと、人を笑わせるためだと思います。
笑いを与えられる対象は、観る人です。
ならば、観る人が審査してもいい気がします。

 

 

 

得られるもの

優勝賞金の1000万円は、誰にとっても大きなものでしょう。
特に貧乏エピソードをよく聞く芸人さんにとっては、より必要なものになるのでしょう。

また、優勝に関わらずM-1での活躍によって、存在が広く知れ渡ることが大きいと思います。
優勝すれば各メディアへの出演が大きく増えるし、優勝できなくても芸が知られて評価されて仕事につながった芸人さんも多そうです。

いずれにしても、M-1が芸人さんの人生を変えるものになっていると思います。

 

 

 

審査についてあらためて考える

M-1の目的が何であれ、多くの芸人さんの人生を変えるものならば、その審査は納得のいくものであってほしいです。

私は、審査員による審査と観客による審査の両方を取り入れたものにしては?と思います。

単純に観客が面白いかどうかだけでなく、技術の評価もあったがいいと思うからです。
既に知られている芸人さんとか、面白いと話題になっている芸人さんなどがいれば、そっちのほうが無名の芸人さんよりも面白いと感じてしまう心理が観客に発生してしまうことがありそうです。
さらに、組織的に特定の芸人さんを売り出そうとすることが発生してしまうかもしれません。

また、審査員はベテランの芸人さんばかりでなく、中堅や若手の芸人さんもいたほうがいいと思います。
昔ながらの技術の評価も大事だと思いますが、新しい技術や新しい話題のネタなんかも評価されたがいいでしょうから。

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